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会社設立に添えて

更新日:6月3日

初めまして!

Sunset Inc.株式会社代表のエボチュオグ杏未夕と申します。

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2025年6月2日、夫との結婚10周年にあたる今日この日に、会社を設立できたことをとても嬉しく思います。

ここに至るまで、けっして平坦な道ではありませんでしたが、

振返ってみると、その道程もおもしろおかしく、幸せに満ちていたことに気付きます。


さて、初めてのブログということで、今日は会社設立に至った背景と想いを綴りたいと思います。


夕日のように美しく輝く未来へ


私のファーストネームは「杏未夕」と書いて「あみゆ」と読みます。

「杏」のように小さく愛らしく生まれたあなたが

「未」来には

「夕」日のように輝く、広く暖かな心を持った女性になりますように

という願いを込めて両親が授けてくれた大切な名前であり、

私の人生の指針にもなっている言葉です。


今は夕焼けを目にしても、「まだまだ敵わないな」と思わされるばかりですが、

いつかあの光のように輝ける日を夢見て、歩みを進めています。


アフリカとの出会い

私とアフリカとの出会いは、大学時代に遡ります。

更に記憶を辿ると、小学生の頃に『天使にラブ・ソングを2』という映画を観て、

Ms.Lauryn Hillの強さと美しさに一瞬で惹き込まれ、そこから黒人文化に傾倒していったのかもしれません。


21歳の冬、私はバックパッカーとしてひとりで世界を巡る旅に出ました。

元々寒いのが苦手で、南半球の国々ばかりを渡り歩き、

エジプトからアフリカ大陸へと足を踏み入れました。

女性ひとりの旅は想像以上に過酷でしたが、各地で出会った人々に支えられ、

「人の温かさ」を強く感じた旅でもありました。


都市を転々とする旅人生活にやや疲れてきた頃、

ウガンダの孤児院で2か月間のボランティア活動に参加することを決めました。

そこでの経験が、私のアフリカへの想いの原点となっています。


ウガンダでの原体験

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孤児院では、英語やダンスを教えたり、折り紙など日本文化を紹介したりと、

シンプルな活動が中心でした。


孤児院で暮らす彼ら彼女らは、皆親が殺されたり、親に捨てられたりと、凄惨な境遇を背負っています。

にもかかわらず、そこで出会った子供達から感じたのは、底知れぬ幸福感でした。


年長者が率先して小さな子らのお世話をし、

小さな子達もお兄さん、お姉さんから存分に愛を受け取って毎日ニコニコと笑っている。

突然の訪問者である私を、"Welcome sis!"と迎え入れ、

「日本ってどんなところ?」「私折り紙上手になったでしょ!」と

矢継ぎ早に話しかけてくる愛くるしい子供達。

そこに在ったのは、モノや情報に囲まれた日本で感じるよりも本能的で圧倒的な、「幸せ」でした。


私は、日本のテレビや新聞で見かける「かわいそうなアフリカ」を見られることをどこかで期待していたのだと気付きました。

そして、実際にアフリカの地で彼らと共に時を過ごす中で、「かわいそうなのは私の方だ」と感じました。


先進国である日本出身という身分に胡坐をかいて、自分ひとりでは何もできない。

助けを求めるアフリカの人々の手を取って、経済的に援助するほどの余裕もない。

発展途上国を見下して、かわいそうだから支援してあげようなどと思い上がって、

いざ現地を訪れてみたら、彼らに助けられてばかりいる。

そんな自分が情けなく、腹立たしく、

いつか本当の意味で彼らに並び立つパートナーとして

胸を張ってアフリカの地を踏むことを決意しました。


夫との出会い

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そんな想いを抱きながら大学時代を過ごした後、

私は新卒でマレーシアの旅行会社に就職しました。

アフリカへの想いは頭の片隅へと追いやられ、愉快な仲間に囲まれて、

日々遊んで暮らしていました。


2014年6月2日の夜、私は同僚といつものようにナイトクラブへ足を運び、

そこで今の夫と出会いました。

一目見てとてもハンサムだな、と感じたことを思い出します。


翌日、彼らと一緒にアフリカンランチを楽しんでいた時のことでした。

ふいにサイレンの音が鳴り響き、マレーシア警察の白バイが彼らを取り囲みます。

警察官は「パスポートを出せ、さもなくば8000リンギット(当時のレートで25万円ほど)を払え」と不機嫌そうに捲し立てます。

家の近所でご飯を食べる為だけにパスポートを持ち出す訳もなく、

彼らは「頼むから見逃してくれよ、兄弟」と、慣れた風に警察をあしらいます。

何が起きているのか理解できなかった私は、気が動転し、憤り、泣きながら解放を求めました。

1時間ほどの時間が過ぎたころ、警察官は1000リンギット(3万円ほど)を受け取ってそそくさとその場を後にしました。


それが、私が初めて明確に「黒人差別」を目にした瞬間でした。

黒人であるというだけで、警察に目を付けられる。

黒人であるというだけで、道行く人に犯罪者を見るかのような目で見られる。

黒人であるというだけで、常に何かに怯えながらの生活を強いられる。

過酷な境遇にありながらも、そんな日常を笑い飛ばし、

マレーシアでの生活をこれ以上ないほど楽しんでいる彼らに、心から敬意を覚えました。


いや、それは同情と呼ぶべき感情だったのかもしれません。

なぜなら私は、日本人というだけで現地の人々から敬われ、

同じ仕事をしていても現地の人よりも高い給料をもらい、

悠々自適なマレーシアライフを過ごしていたからです。

生まれた国が、肌の色が違うだけで、これほどまでに明確な格差が生まれるのだと、

身をもって体感し、そして自分が日本人でよかった、と安心しました。


同時に、人々に傷つけられ、蔑まれながらも、人に優しく、

愛とユーモアを持って私に接してくれる夫に、強く惹かれている自分に気付きました。

それから3年ほど夫と共にマレーシアで過ごし、日本への移住を決め、帰国して2人の子宝にも恵まれました。


Sunset Inc.設立への想い


6月2日という日は、

11年前に夫と出会った日であり、

10年前に結婚を誓い合った日です。

そして今日、私の会社、Sunset Inc.が誕生した日となりました。


今日という日が私の人生を大きく変えたことを忘れず、

夫へもこの会社へも、私が持てる限りの愛情を注いでいくことをここに誓います。


冒頭で、私の夢は夕日のような女性になることだと書きましたが、

日本で太陽が沈む頃、アフリカでは太陽が昇り、一日が始まるのです。

何度沈んでも世界のあちこちで太陽は常に誰かを照らし続けます。


私自身がそんな存在になれるように。

Sunset Inc.がより多くの人を優しく照らす光となれるように。

そんな願いを込めて、この会社を設立しました。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

これも何かのご縁。

あなたとも、あなたの周囲にいる方々とも、温かく永くつながっていけることを心より願っております。


"Little Sunset Goes Down to Shine Tomorrow."

「夕日は沈む。明日また輝くために。」


この言葉を胸に、これからの道を歩んで参ります。


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Sunset Inc.株式会社 

代表取締役 

エボチュオグ杏未夕

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